1. Index
  2. Novel
  3. テニスの王子様
  4. 菊リョ菊
  5. Baby Baby
  6. 始まり
  7. 家へ行く
  8. ミルクをあげる

ミルクをあげる

「おチビおチビ、みーちゃんってばおなかが空いてるみたい。粉ミルクかなんか、預かってる?」
「粉ミルク? あ、預かってるっス」
 一瞬考え込んでから、頷いて粉ミルクを出した越前の前に立つと、菊丸は海咲を抱いたままにっこりと笑いかけた。
 ワケがわからず戸惑っている越前に、菊丸は当然のように口を開く。
「おチビ。みーちゃん抱っこしててね?」
 わざわざ小首を傾げて海咲を差し出してきた菊丸に、越前が拒否できるはずもなく…そのまま海咲を引き受けはしたが……。
「ふぎゃあぁああああぁぁあああ!」
「………うるさい」
 2分も経たないうちに、すでにイラつき始めた越前だったが、キッチンで海咲のミルクを作ってくれている菊丸への申し訳なさのみで、海咲の泣き声に耐えていた。
 それでも、数分で限界が近くなってしまった時に、菊丸がキッチンから戻ってきた。手にした哺乳瓶を頬に当てて温度を確かめていたのか、すぐに満足気に頬から離すと越前に笑いかけてくる。
「おチビ、おまたせ。ミルク、おチビがみーちゃんにあげる?」
 その言葉に、菊丸の手元のミルクと海咲を交互に見てから、肩をすくめて首を横に振った。
「先輩、頼んでもいいっスか?」
「オッケー。んじゃ…ほい、預かるよ」
 ミルクを横に置いて越前から海咲を受け取ると、そのままソファーに腰掛ける。その姿に、越前はミルクを取って菊丸に差し出した。
「あ、あんがと♪」
 菊丸はにっこりと笑うと、そのまま越前からミルクを受け取り、海咲の口元に哺乳瓶を近づけてみる。
 すると勢いよくミルクを飲み始めた海咲の姿に、安心したように息をついた。
 一方、海咲と菊丸を驚いたように呆然と見詰める越前。そんな越前の様子に、菊丸は小さく苦笑を零した。
「おチビ? どったの?」
「え…? あ、慣れてんスね…赤ん坊」
 菊丸の言葉に、視線を二人から外した越前の口から出たのは、間の抜けたセリフだと自分でも思ってしまった言葉。それでも、言ってしまったものは仕方がない。
 片手で海咲をあやしながらミルクを与えていた菊丸は、越前の言葉に納得したように笑うと、あっさりと口を開いた。
「前に何度か、親戚の子の面倒を姉ちゃん達と見た事があるんだよ。だからね」
「へぇ、そうだったんスか」
「そうなんだよん。そいえばさ、みーちゃんの事、聞いてなかったよね?」
 思わず納得して呟くと、そのまま菊丸の隣に腰を降ろして、海咲を覗き込みながら越前は続きを話し始める。
「菜々子さんの先輩の子、らしいっス。何か、家族の人が具合悪いらしくて、少し預かったんスケド…今日、両親も菜々子さんも用事で…デート、すいません」
 俯いてしまった越前に苦笑を零して、飲み終わったミルクを横に置いてから、空いた手で越前の頭をゆっくりと撫でた。その感触に、視線を上げた越前の眼に映ったのは、にっこりと微笑った大好きな人。
「事情が事情だからね。おチビが気にする必要ないよ?」
 越前が小さく頷いたのを確認すると、越前の頭から手を離して海咲を抱きなおして、軽く海咲の背中を叩き始める。
 その様子を、不思議そうに見ている越前に、菊丸は小さく笑いかけた。
「ミルクの後は、軽くゲップをさせてあげるんだよ」
「へぇ、そうだったんスか」
 二人の会話が終わるか終わらないかのうちに、海咲が軽くゲップをすると、菊丸は抱いたまま寝かしつけるように海咲を揺らし、あるいは軽くポンポンとリズムを取り始める。
 コレだけは、母親や菜々子がやるのを何度か見ていたため、大人しくそれを見守る越前。
 そんな越前と、実際に寝かしつけている菊丸の前で、うつらうつらと大きな瞳を閉じ始める海咲に、越前はホッと一息ついた。
 
 
 
 完璧に寝入った海咲を、先ほどのクッションの上に寝かせて、上にタオルケットをかけてから、二人はその場に座り込んだ。
「や…やっと静かになった」
「うん、やっと寝てくれたね。おチビ、お疲れ様」
 疲れたように肩を落とす越前と、そんな越前を楽しそうに見る菊丸。それぞれの行動は、全く逆なのに…それでも二人の意識は、やはり海咲に向いていた。
 スヤスヤと眠る表情。
 手足はとても小さくて。
 さっきミルクを飲んだからだろうか?どこかミルクの甘さが漂って。
 とても小さくて、人形みたいなのに。
 抱き上げると、やっぱり重たくて温かい。
「ねぇねぇ、おチビ。おチビもこんな時期があったんだよね。見たいなぁ、アルバム…」
「駄目っス」
「えー! そんな事言わないでさぁ」
「駄目なものは、駄目っス」
 小さな押し問答の中、だんだん声が大きくなる菊丸の声。いつもの事ゆえ、大きくなる声を止めもしなかった越前だったが、二人は次の瞬間、固まった。
「…だぁ…」
 小さな可愛らしい声。だけど、少し機嫌のよくなさそうな声。
 恐る恐る、視線を動かした二人の目に映ったのは、大きな瞳をパッチリと開いた海咲の姿。
「……げ」
「…………」
 思わず小さく呟く菊丸と、思わず面倒くさそうに額に手を当てる越前。
 そんな二人を、海咲は大きな目で見つめていたが、だんだんとその瞳が大きく潤んでいく。
「わわわっ!」
 慌てて海咲を抱き上げた、菊丸と越前の瞳が絡まった。