あやす
「……おチビ、変な顔して!」
あまりと言えば、あまりのセリフに越前は眉をしかめた。
言われたセリフを頭で理解した瞬間、思わず怒鳴ろうとした越前の表情の変化に、菊丸が慌てて声を掛ける。
「何ワケわかんない…!」
「おチビっ!」
「ふぎゃーっ!!!!」
二人の声にビックリしたと言うよりも、幼子特有の「周りにいる者の感情」に敏感なところが働いたのかも知れない。
身体中を使って泣き叫ぶその姿に、さすがに二人とも耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
素直に実行できた越前と違い、菊丸は海咲を抱っこしているので両手が塞がっていた。何とか落ち着けようと、揺らしたりするが一向に効き目は現れない。
「おチビ」
「…………」
「おチビ!」
「………………」
「おチビってばっ!!」
耳を塞いでいた越前は、顔を覗き込まれてやっと呼ばれていた事に気がついた。
「…何スか?」
仕方なしに耳から手を離し問いかける越前に苦笑を零して、菊丸は先ほどの言葉を繰り返す。
「おチビ、変な顔してよ」
「……イヤっス」
身もふたもない越前の言葉に、菊丸はガクッと力を抜いてしまう。
しかし、海咲を落としそうになり、すぐに体勢を立て直した。
越前に向き直り、泣き叫ぶ海咲の身体を軽くポンポンと叩きながら口を開くその表情は、何とも言えず情けない色。
「ほら、よくあるじゃん? 『いないいないばぁ』…とかみたいにさ。頼むよ、おチビぃ」
「……何スか、それ」
意味がわからないといった様子で眉をしかめる越前に、逆に菊丸は驚いた様に目を見開いた。
お互いに、何と言えばいいのかわからない沈黙の中、海咲の声だけが響いていたが、気を取り直したように口を開いたのは菊丸の方。
「知らないの? 『いないいないばぁ』って、見た事ない?」
「知らないっス。あっちにはなかったもんで」
当然の様に聞く菊丸と、当然の様に答える越前の間に、再び沈黙が落ちる。
しかし、すぐに越前に渡すように、菊丸は海咲を差し出した。
思わず受け取った越前の前で、菊丸は海咲の前で顔を両手で覆うと、くぐもった声を上げる。
「いないいない~ばぁ」
最後の「ばぁ」で顔を覆っていた両手を開き、変な顔をしてからにっこりと海咲に笑いかける姿を、越前が不思議そうに見ていた。
それに気がついたのか、苦笑を零しつつも菊丸は越前に向き直る。
ちなみに、その手は海咲の頭を、優しく撫でていたりする。
「これが、『いないいないばぁ』だよ?」
「……ふーん」
納得いかなそうな越前に肩をすくめ、再び行為を繰り返す菊丸の前で、海咲は大きな瞳を菊丸に向け始めた。それと同時くらいに、泣いていたのがふと止まる。
その姿に、驚きつつも関心する越前と、ホッとした様子の菊丸。
二人が油断した途端、海咲の大きな瞳に涙が浮かび、表情がくしゃっと潰れた。
「……ダメじゃん」
「…げっ」
「ふぎゃぁぁぁあああああ!」
結局、それから菜々子が帰ってくるまでの約30分。
海咲は延々と泣き続け、越前と菊丸が閉口したのはココだけの話。
ちなみに泣き止んだ理由が、菜々子の手に委ねられたからなのか、泣き疲れて寝てしまったのかは、誰にもわからない。