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  2. Novel
  3. テニスの王子様
  4. 菊リョ菊

雪が溶けて花が咲き
冬は必ず春になる
 
それは紛れもない希望の言葉
そう誰もが答えるだろう
 
だけど今の自分の願いは
終わらない冬の季節
なぜなら春は キミとの別れ
 
それを象徴していたから

 
 
 
 
 
 
「うー、やっぱ寒いー」
 眉をしかめて白い息を吐く菊丸の横で、越前は我関せずと言ったそぶりでコートのポケットに手を突っ込んでいた。
 肩を並べて足を進める二人だったが、菊丸がわき目も振らずぶちぶち言いながら歩く中、越前はふと路の端に視線を向けて足を止める。
 
 足を止めた越前に気づく事なくそのまま歩んだ菊丸は、横に小柄な身体がないコトにようやく気づくと後ろを振り返った。
 その視線の先には、自販機の前でカフェオレを買っている小柄な姿。
「あーっ! おチビ、ずっこい!」
 思わず叫ぶ菊丸に視線を向けると、口の端をあげながら1本だけを手に越前は立ち止まっている菊丸の元へと歩み寄った。
「ズルイって何がっスか?」
 わかっていて口にしているのだろう。
 口の端をあげたまま、勝気な瞳で見上げてくる生意気ルーキーの姿に、菊丸はむぅっと口を尖らせる。
「そ・れ!」
 プルタブを開けて口をつける越前の手の中の缶を指差し拗ねたように断言する菊丸の姿に、その大きな瞳を少し見開いてから越前はニヤリと笑みを零した。
 
「あげませんよ?」
 
 さらっと告げられた言葉。
 いつものように生意気なセリフと、小柄な体型とは反比例した大きな態度。
 自分を先輩とすら思ってないような、勝気な表情。
 それはまさしく、越前リョーマそのもので。
 
「………おチビ、ずっこーい」
 先ほどと同じ言葉を拗ねたように紡ぎながらも、何故か嬉しそうな表情を見せてしまう。
「…何笑ってんスか?」
 呆れたような後輩の声音に、訝しげな表情をしてるかなと伺い見れば、その表情は思いのほか柔らかくて。
 
 いつもこうやって、猫たちがジャレるように何気ない会話を過ごす。
 そんな時間が好きなんだ。
 甘い空気も好きだけど、駆け引きとまではいかない、このちょっとしたやり取りも楽しいでしょう?
 でも…今日はホントに寒いんだよね。
 
 ちょっと自分の考えに浸っている間に、さくさくと先を行く小柄な身体を後ろから見ていた菊丸は、すぐにイタズラっ子のような笑みを零した。
 
「おっちびー♪ 俺は寒いんだよー!」
 言いながらいつものように羽交い絞め…もとい、突撃を繰り出すと、越前は慣れた様子で足を踏ん張る。
 零れそうになったカフェオレを何とかやり過ごすと、呆れたような表情でおんぶのように寄りかかっている菊丸を肩越しに振り返った。
「菊丸先輩…零れたらどうするんスか?」
「ん? それは俺に分けてくれなかったおチビの自業自得って事で」
「………素直に『下さい』って言えないんスか?」
 くっついたまま言葉を返す越前の言葉を無視したまま、回した手に少し力を込める。
 そのままクスクスと肩を震わせる様子に、思わず眉を寄せる越前。
「……………先輩、とうとう頭変になりました?」
「ちょっとー! 何て事言うのさ?」
 あまりといえばあまりのセリフに、思わず手をの力を緩めて苦笑を零すとあっさりと越前は腕から逃れる。
 そのまま2歩ほど進んで振り返ると、再びカフェオレを口に運んだ。
「だって、いきなり羽交い絞めしてきたかと思えば、妖しく笑ってるし」
 飄々とした言葉に、思わず肩を落としながら越前の横まで歩み寄り、視線を少し投げかけるとそのまま菊丸は歩き出す。
 慣れたモノで、越前も普通に足を進めた。
「あのねぇ、俺は単に『おチビらしいなぁ』って感心してただけなのにさ」
「そんな感心はしてもらっても嬉しくないっス」
「……ホント、ああ言えばこう言うよね…おチビって」
「そりゃどーも」
 何気なく、普段どおりの会話を繰り返して歩く帰り道。
 いつまでも続く光景じゃないけど、それでもずっと続くとどこかで思っていた。
 寒いと感じるのは、何も気温だけじゃない。
 当たり前だった光景が当たり前じゃなくなるのが寂しくて…たまに心が寒く感じるのかもしれない。
 
 不意に途切れた会話。
 だけどそれは、最近ではよくある事。
 別に居心地が悪いワケじゃない。
 ただ…一緒にいる時間が減るであろう先を思うと、不意に口数が減ってしまう。
 
「……もうすぐ、だね」
「そっスね」
「ちぇー。あっさりしてるよねー」
 視線を落としてポツリと呟いた言葉に返ってきたのは、あっさりとした声。
 何となくその反応が不満になって横目を隣に送ると、まっすぐに見据えてくる視線に驚いて足を止める。
 それにあわせて足を止めた越前は、身体ごと向き直って真っ直ぐに見上げてきた。
「……おチビ?」
「別に今生の別れってワケじゃないっスよ」
「…そ、そうだけど…さ」
 その通りだけど…頭ではわかっているけど、感情はそんなに簡単じゃないよ…。
 そんな気持ちが表情に表れたのだろう。
 言葉なく眼を閉じてため息をつく越前に、菊丸は少しもの悲しくなってしまう。
 再び顔を上げてきた越前の視線から逃れるように顔を逸らして俯いた菊丸は、すぐに越前の方を向く事になる。
「…あつっ!」
 反射的に頬に手をやりながら一歩足を引いた菊丸が見たモノは、腕を伸ばして、先ほど菊丸の頬があった場所にカフェオレの缶を掲げている越前の姿。
 一瞬の間をおいて、頬にまだ熱いカフェオレの缶を押し当てられたのだと理解する。
「お~チ~ビ~…」
「…学校が変わっても、逢おうって思えばいつでも逢えますよ」
 情けない声を上げた菊丸の言葉を無視していつものように勝気な笑みを浮かべる越前の言葉に、菊丸は驚いたように瞬きを繰り返す。
 そんな菊丸の反応を見ながら、さらに越前は畳み掛ける。
「ま、先輩に逢う気がないならダメでしょうけどね。で?」
 言葉を切り、何かを待つようにじっと見つめてくる越前を見ているうちに、嬉しい事を言われているのだと、だんだん実感してくる。
 頬が弛むのを実感しながら、いつものように小柄な身体に突撃…もとい、ギューッと抱きついた。
「ちょ…」
「逢うよ! おチビがめんどくさがっても逢うかんね!」
 何かを言おうとするが、遮られた言葉に口をつぐむ越前。
 ただ、菊丸からは見えないように顔を隠しながらも、その表情にはどこか満足気な笑みが浮かんでいた。
 
 
 
「……あ」
 そろそろ離せとばかりに身じろぎした瞬間、菊丸の間の抜けた声に視線を上げると、目の端に白い何かが映る。
 力の抜けた腕から逃れると、越前は辺りを確認してかすかに眼を見張った。
「おチビ! ほら、雪だよ雪!」
「ちょっと…揺さぶらないでよ。わかってるっス」
 面倒くさそうに答えながらも、雪を見てはしゃぐ菊丸を見て表情を緩める越前。
 そんな越前の表情に気づく事もなく、雪を嬉しそうに見上げながら菊丸は雪を掴もうと手を伸ばす。
 うまくいって手のひらに乗っても、体温ですぐに溶けてしまう雪。
 それは、小さな春の雪どけのようで。
 時間は迫っているのだと思い知らされるようで、どこかもの寂しくなるけれど。
 
「どうりで寒いわけだよねー」
「そりゃ、雪が降るくらいっスからね」
 雪を見上げたまま告げられた声は、どこか苦笑混じりだった。
 だけど、何かを確信したような…声。
「雪がとけたら俺は卒業するけど……ずっと一緒にいようね?」
 
 上げていた顔をスッと下ろした菊丸の表情に、越前は我知らず息を飲む。
 不意に魅せられたのは、いつもと違う綺麗な微笑み。
 普段の子供っぽさはどこに行ったのだろうか?
 でも、時折見せるこのような表情に、やはり自分よりも年上なのだと思い知らされる。
 
 誤魔化すように一旦顔を下げて髪をクシャッとかきむしると、越前は不敵な笑みで菊丸を見上げた。
「当然でしょ? そう簡単に、離れる気ないけど?」
「へっへー。おチビ、帰ろっか」
 越前の言葉に、嬉しそうに笑ったその表情は、いつもの菊丸そのもので。
 差し出された右手と菊丸の顔を見比べながら、越前は小さく息をつく。
「そっスね。風邪引いても仕方ないし」
 左手で、差し出された手を引っ張るように繋ぎながら、越前は雪の中歩き始める。
「俺は寒いから風邪引くかもー」
「……仕方ないっスね」
「わっ!」
 横目で我が侭を言う菊丸を見てため息をついた越前は、繋いだ手を自分の方にグイッと引き寄せると、冷めかけのカフェオレを菊丸の口元へと突きつける。
 何故か居心地悪そうに視線を反対側へと移した越前の様子に、肩を震わせながら相手の手の上から缶を手に持って一口飲む。
 
「ちょっと…自分で持ってよ」
「えー、やーだよん」
「………ガキっスね」
「何おー! おチビなんて、俺より2つも年下じゃんか」
 呆れたようにボソッと呟いた声に、反射的に反応を示した菊丸は越前を再び羽交い絞めにしてしまう。
 すぐに腕を突っぱねて離れようとする越前は、すでに条件反射なのだろうか?
「ちょっと離してよ」
「えー。それじゃあ、今から遊びに行ってもいい?」
「今からっスか?」
 仔猫同士が遊ぶようにじゃれ付きながら、楽しげに帰っていく二人を見送るのは、風に舞う小さな白のみ。
 
 
 
 
 
 
雪が舞った静かな夜
キミと交わした小さな約束
それは自分にとっての希望の言葉
 
雪の先の春の季節
時間はきっと減っちゃうけれど
アナタを手放す気はどこにもないから
 
 
ずっとずっと一緒にいようね
 
 
 
 
 
 
END

 
 
初書き 2004/05/16