たまにはこんな日も 新宿組
「ねえ、知ってる? 今日って【キスの日】らしいよ?」ネットでこの言葉が出回り始めたのはいつごろだろうか?さすがの折原臨也でも、そこまで把握していない。ただ、由来くらいはちょっと検索かければすぐに出てきたから、問題はないのだろう。
それを知った時、臨也は「これだから人間は飽きないねえ」と画面の前で口端をあげたのだ。
しかし、今現在。目の前での会話のやり取りは、それこそまさに「想定外」で「予測不可能」すぎて、頭の処理が追い付いていないのは紛れもなく「愛すべき人間」達のやり取りで。
「波江さん、今日キスの日らしいですよ」
「それがどうしたのかしら」
「いや、どうって言われても……」
「誠二がその言葉を告げたのなら意味はあるけれど、貴方達が言っても何の価値もないわ」
にべもなく返される言葉。予想出来なかったのだろうか?いや、出来ていれば、そもそもこんな話題自体を彼女に振ることはないだろう。まさに撃沈である。
仕事中の沈黙に耐えきれなかったのか、それとも彼女に教えられたから言いたかったのか、正臣が発した言葉に波江は取りつく島もない。困ったように眉を下げて苦笑する正臣を哀れに思っ…たりしないのが、折原臨也である。
逆に手を動かしいつものチャットの画面を開くと、波江にバレないようにキーボードに指を滑らせる。
≪こんにちはー!≫
≪もうバキュラさんってば、職場の先輩にセクハラしちゃってるんですよー≫
≪本当、バキュラさんには吃驚しちゃいます≫
≪あっといけない、私も仕事中でした、てへ☆≫
≪また夜に来ますねー≫
「よし」
「よし、じゃないわよ。何やってるのかしら?」
背後からドスを込めた声に慌てて振りかえると、今にも雷を落としかねない波江が腕を組んでいつの間にか立ちふさがっていた。思わず顔を引きつらせた臨也を押しのけ、PCの画面に目を通すと、無言で正臣を呼びつける。ある意味、最強である。
一方、呼びつけられた正臣は画面を見た瞬間にしゃがみ込んでいた。と、すぐに勢いよく立ちあがると臨也に向き直る。
「臨也さん! なんつー事書くんですか!」
「だって紀田君の撃沈っぷり、面白かったし」
「面白がらないで下さい!」
「二人とも、それ以上騒ぐなら口にワサビねじ込むわよ」
「「はい」」
鶴の一声、もとい波江の辛辣なお言葉に首を垂れる男二人。
呆れたようにため息をついて、仕事に戻ろうとした波江の背を上目づかいで恐る恐る見やっていた二人を、ぱっと波江が振りかえった。
「紀田正臣、ちょっと」
「え、あ、はい?」
指で招かれるまま臨也の傍から離れた正臣を見ながら一つ息をついた臨也は、横に置かれていたコーヒーに手を伸ばす。
もう冷めてしまったコーヒーは、逆に暑くなりかけた5月にはちょうどいい温度で喉に気持ちがいい。少し休憩したら、また書類を片付けるかと考えながら椅子を回し、窓の外に視線を向けると、今日はよく晴れていて。
きっと天敵は今日も池袋でキレていて、親友は彼女とイチャイチャしてるか胡散臭い笑みを浮かべていて、保護者な友人は仲間たちと騒いでいるのだろう。あとで寄ってみようか。そんな事をぼんやりと考えながら残ったコーヒーを飲み干した。
飲み干してしまえば、あとは仕事に戻るしかない。
ため息をついて椅子を戻すと、机の前に二人が立っていた。
「え、何? ああ、仕事なら今から――」
顔をあげながら告げようとした言葉は、二人の表情を見て不意打ちに飲みこんでしまう。
珍しくにっこりと笑った波江。
何故か顔を赤くしている正臣。
きょとんと瞬きをした、その直後。
「臨也さん! あ、あー、うー、その……」
勢いよく何かを言おうとして、すぐに勢いが落ちてしどろもどろになる正臣の脇を肘でつつく波江。そんな珍しい光景に言葉を失っていると、何度か言い淀んでいた正臣が再び口を開いた。
「べ、つに、あんたの事、俺たちは、その、えっと、あの」
「紀田正臣」
「あの、俺たちは、別に、嫌いじゃない、っすよ」
再び口ごもりそうになった瞬間、フルネームで名を呼ばれた正臣は、赤くなった顔をそむけて、しどろもどろに何とか言葉を告げる。
予想外の言葉に一瞬脳が追いつかなくなった臨也の頬に、冷たい手が触れた。
と思った次の瞬間、頬に軽く触れられたのは赤い唇。
波江、だ。
現状に頭が回らず固まった臨也に、勝ち誇った笑みを浮かべた波江が注げた言葉。
「今日はキスの日らしいけれど、恋文の日でもあるのよ。紀田正臣の言葉は、恋文代わりね。まあ私にとって一番は誠二で二番以下なんて存在しないけれど」
「えー、波江さん逃げないでくださいよ!」
「私は貴方にどちらがいいか選ばせてあげたでしょう?」
「そうですけど」
二人のやり取りが何故か遠くて、ギギッと音が鳴りそうなぎこちない動きで二人を見やった臨也に、二人は目を合わせて「してやったり」と笑みを浮かべる。
「「たまには、こういうのもありでしょう?」」
ゆっくりと告げられた言葉とされた行動が頭の中で整理されて。理解した次の瞬間、がたっと立ちあがった臨也の赤くなった表情など滅多に見られるものではない。
何だかんだで新宿組は、今日も今日とて仲がいいんだかよくないんだか。弄っているのか弄られているのか。本音はどこにあるのか、それぞれがそれぞれの心に秘めて、一緒に居ます。
☆END☆
初書き 2014/05/23
どうしてこうなったか、判らない
どうしてこうなったか、判らない