次男編
俺の唯一の兄さん。
俺は次男だけど兄弟の中で一番立ち位置が低くて。
本当はもっと兄さんを支えたいと思っているのに役立たずで。
そんな俺に「そのままでいいよ」と言ってくれたおそ松兄さん。
俺だって兄だから。
一人で抱えさせたくないんだ。
六つ子は6倍じゃなくて6分の1なんだ。
なあ、おそ松兄さん。
俺では役不足かもしれない。
俺よりも弟たちの方がしっかりしてるかもしれない。
それでも俺だって家族を守りたい。
兄弟を、兄さんを守りたい。
兄さんの持ってる重荷を俺にも分けてくれ。
力だけはあるんだ。
一緒に持つくらいは、俺にだって出来るから。
。
[newpage]
居間で何回も読んだ漫画を捲りながら、開いた襖に視線を向けずに「おかえりー」とだけ軽く声をかける。
見なくてもわかる。だって、20年以上一緒に暮らしてきた六つ子だ。それぞれの特徴くらい全員当然覚えてるに決まってる。入ってきたのはカラ松だ。
何となく、誘ってくれるのかなって期待をしながらも目は向けない。だって、そんなつもりなかったとか言われたらやっぱり凹むじゃん。ダメよー、俺だいぶ復活してるとはいえ、まだ微妙だしさー。ガチで拒否られたら俺死にそう。だから俺から水は向けない。期待しちゃってるのは仕方ないって。だって、下から順に構ってくれてるんだもん!次はカラ松でしょ?カラ松だけ構ってくれないとかないでしょ!!
「兄貴」
「んあー?」
「今日暇か?」
「……お兄ちゃん、暇そうに見えない?」
「フッ、そうだな。暇にしか見えないな」
「否定はしねーけど、そう言われると何か腹立つな」
探るような言い方に思わず細めた目を向けると、グラサンつけていつものイタイ恰好でポーズをとってる次男がそこに居た。反射的にため息をついてしまうと、なんでか慌てたように部屋に入ってくるカラ松。
「ど、どうした兄貴!?具合でも悪いのか?」
「いやー、お前は相変わらずだなーって思っただけだから気にすんな」
「そ、そうか?」
まだ心配そうに、普段はキリッと上がってる眉毛をこれでもかと下げて身をかがめてくる姿は、どう見てもただのお人よしだ。さっきまでのいつもの流れを忘れて、無意識に伸ばした手でカラ松の頭をグリグリと撫でると、サングラス越しでもうっすらと見える目は瞬きを繰り返していて、口はぽかんと開いていて。尾崎はそんな間抜け面しねえだろうなーなんてこっそり思いながら肩を竦めた。
「で、どうしたよ」
「え?あ、ああ。暇なら釣りにでも行かないかと思ってな」
「おーいいね。久々じゃん。行こうぜ」
やっぱり構ってくれるんだな、なんてにやけそうなのは顔を隠して誤魔化して、読んでいた漫画をぱたんと閉じてから勢いつけて立ち上がると、ずっと寝転んでたから凝り固まってる身体をグーッと伸ばして、俺はへらりと笑った。
「お前と来るの、久々だなー」
「そうだな。時の悪戯で俺たちの「イタタタタタタ、あばらが折れるうううううううううううう」えっ」
条件反射でグッと抑えて痛がると、慌てたカラ松が立ち上がった。
「だ、大丈夫かおそ松!!またブラザーを知らず傷つけてしまうなんて…俺はなんてギルドガイなんだ!」
「だーかーらー!!日本語でしゃべれよ!これ以上俺のあばらを折るなって」
「う、だ、だけど」
「俺と二人の時くらい、格好つけんな。わかったか?」
「わ、わかった。これならいいか?」
「おー、それでいい、それでいい。あー痛かった」
いつもの流れだけど、カラ松語が俺の腹筋とかあばらとかに直撃なのは事実だし、大げさかもしれないけど、まあこれも一つのお約束だしな!
改めて二人で座り直して釣りに戻る。横目で見たら、相変わらずなんでかコイツの餌はラブレターなんだけど。逆に何が釣れるんだよ?いや、釣れた事あんの?え、ないよね?
マジマジとカラ松の釣り糸の先を眺めていたら、その視線に気づいたんだろう。不思議そうに首を傾げる次男は絶対にわかってないな、これ。
「どうしたおそ松」
「お前さ、それで釣れた事あんの?」
「いや、ないな」
「……お前、何しにここに来てんの?釣りじゃないの?」
「何って、色々考えたり兄弟と一緒に来たら話したり、だな」
「お前釣りの意味わかってる?」
「当然だろう」
「じゃあ何でラブレターなんだよ」
「面白いじゃないか」
そうだった、こいつはこういうやつだ。弟たちの前ではイタさ全開だし俺の前でもイタイけど、基本は結構あっさりしてる。わかっててやってる部分が少なくはない。
こういう、素の部分を見せたら、少なくとも一松あたりはもうちょっとアタリが優しくなると思うんだけどねえ。
そんな感じでしばらく軽口を叩きながら釣りらしきものをしていたが、そろそろいいだろう。
俺はこいつに言いたいことがあった。いやまあ、こいつだけじゃないけど。
「なあ、カラ松」
「どうした?」
「これはさ、話し合ったわけ?」
「……え?」
「トド松から始まって、十四松、一松、チョロ松、んでカラ松、お前だ。前ならこんな風にお前らから構ってくれなかったじゃん。この前のが、理由か?」
そう。この前の、俺が寝れなかったのがバレたあの時。あの後から、弟たちが順番に構ってくれてる。
わからないはずがないんだ。
「やっぱり気づいてたのか」
「あら、隠さないのね」
「隠しても兄さんには意味がないだろう?」
「まあな、だって俺、長男でお前らのお兄ちゃんだし?」
軽い口調で返しながら視線を向けると、困ったように眉を下げた次男が小さく笑った。
あー、もしかして言っちゃだめとか言われてるやつかな?
そう思った俺が口を開こうとするのと同時に、何でか視線で止められた。
「俺たちが家を出た理由、覚えてるか?」
「理由……あの、解放とか言ってた、あれ?」
そう、あの晩。チョロ松が言った『長男から解放』の意味を、俺は知らない。あの後、赤くなった顔を隠すのに必死で布団をかぶってたらいつの間にか寝落ちてたから、余計に。その時何か言ってた気はするけど、俺はとりあえず恥ずかしかったし全部シャットアウトしてた。
小さく頷いたカラ松は、釣竿を横に置いて組んだ手を膝の上に乗せた。まるで、懺悔するかのようなその姿に、何とも言えない気持ちでカラ松の言葉を待つ。
「成長期になってそれぞれが個性を身に着けようとしていた時、兄さんが『長男なんだから』って言われるのを嫌がっていたのを俺たちは知っていたはずだった。それなのに、俺たちはおそ松を『兄さん』に、『長男』にしてしまった。後悔していたんだ。お前が抱え込むようになったことを」
目の前で、ガツンと殴られた気がした。
こいつは…カラ松は何を、言って、何を……。
「確かに俺たちは弟だ。だけどな、だからっておそ松が俺たちの全部を背負う必要はないし、抱え込まなくていいんだ。俺たち六人は六つ子だ。歳が離れていたり年子ではなく、同い年の六人だ。それぞれが6分の1なんだ。俺たちがニートだったのも、今またニートに戻ったのも、おそ松のせいじゃない。俺たちが選んだことだ。長男のせいなんかじゃない。お前は悪くないんだ、おそ松」
顔をあげたカラ松がまっすぐに俺を見てくる。
でも頭が働かない。
だって。
だって、それは。
それはつまり、俺は、お前らの……。
わからない。
あれ?息ってどうするんだっけ。
息を吐くってどうするんだっけ。
頭が真っ白になって呼吸の仕方もわからなくなって。
でもそれ以上に、俺は。
俺は――!!
「おそ松!!」
グイッと強い力で肩を掴まれて、やっと吐き出せなかった息を吐き出した。
自分でもわかるほど、きっと顔が強張ってる。顔だけじゃなくて身体も。無意識に飲み込んだ唾が、すごく大きな音を立てた気がして。
ああ、ダメだ。俺の目の前に居るのは誰だ。カラ松だ。俺の1つ下の弟。こいつにとって、兄は、頼れるのは俺だけなのに。ダメだ、いつもの俺を思い出せ。思い出さなくちゃ。だって俺は。俺は。
「おそ松!大丈夫か?顔色がひどいぞ、おい、おそ松?」
しっかりと肩を掴まれて覗き込んでくるカラ松はすごく心配そうな表情で。
大丈夫だって、心配すんなって。だって俺、お兄ちゃんだし。
そう、いつもみたいに言わなくちゃ。言って安心させてやらなくちゃ。だってコイツは心配性で、気が優しい俺の弟なんだから。
「だ、いじょうぶ、だって」
自分でもわかるほど、かすれた声。それでも必死で口の端をあげる。
思い出せ。俺はいつでも笑っていたはずだ。
「……ばっかだなーカラ松。なーに?そんな表情すんなって、だって俺お兄ちゃんだし。平気よ?」
いつも通りを思い出しながら告げた言葉に、今度こそカラ松の表情が、眉がきつく寄せられた。
理由がわからなくて呆気にとられた俺の肩を掴んだカラ松が、ゆっくりと口を開く。
「なあ、おそ松」
「なによ、そんなこっわーい表情しちゃって」
「俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたよー?でもほら、俺長男だし」
「だからっ!!」
声を張り上げたカラ松は、そのままグッと押し黙って俯いて。肩に乗せられた手に痛いほどの力がこもる。
ふと、視界の端に俺たちを心配そうに、あるいは興味深そうに見てくる視線が多いことに気が付いて、今居るのが釣り堀だと我に返った。
さすがにこれは恥ずかしいだろ。
俺の肩に手を置いてまだ何かを堪えている様子の弟の腕を掴んで軽く揺さぶる。
「おい、カラ松。カラ松?」
呼びかけにわずかに肩を動かした姿にホッとしつつ、ゆっくりと肩に置かれてた手を下ろさせてパパッと荷物をまとめた俺は、グイッとカラ松の腕を引いて立たせた。顔をあげない弟が心配になって思わず眉を寄せるけど、それどころじゃない。
「とりあえず、移動しようぜ?な?」
小さく頷いたカラ松の腕を引いて、俺たちはひとまず釣り堀を出て歩き出した。
[newpage]
たどり着いたのは、昔から何度も来た河川敷近くの公園。とりあえずベンチにカラ松を座らせて、俺は自販機の前でカフェオレとココアを買うと、俯いたまま動かない弟に近寄る。
「カーラー松。ココアでいいよな?」
「……ああ」
「ほい、落とすなよ」
ポンとカラ松の手にココアを押し付けて横にどっかりと座り込んだ俺は、横目でカラ松を見ながらプルタブを開けた。
グイッと煽ったカフェオレは、いい感じに甘くて乾いていた喉を潤してくれた。
「なあ、カラ松」
少し減った缶を手で弄びながら声をかけると、視線だけ向けられる気配。
ちょっと考えてから溜息をついて俺は口を開く。
「お前、色々言ってくれたけどさ、やっぱり俺は長男で、お前らのお兄ちゃんなんだよ」
「おそま……!」
「まあ聞けって。お前の言葉、嬉しかったよ。でもさ、言われるのは判るんだよ。俺のせいで母さんが可哀想って言われてる。俺のせいでお前らがニートなんだって言われる。長男がこんなんだから。判るんだ。でも俺さ、自立しようとしたお前らに言うの間違ってるって判っててもさ、やっぱ6人で居たいんだよ。俺が何を言われてもいいから、6人で居たかったんだ。だから聞こえないフリをしてた」
これは俺の、懺悔だ。
他の弟たちに言うのは憚られる、俺と同じ「長兄コンビ」として「お兄ちゃんでしょ!」と言われてきたカラ松にだから、言える懺悔。
「ごめんなあ、カラ松。兄ちゃんがお前らを手放したくなかったんだ。お前らと、離れたくなかったんだよ…こんな兄ちゃんで、ごめんなあ」
じわりと浮かんできた涙を隠すように片膝を立てて顔をうずめる。いくら「長兄コンビ」って言われてても、こんな姿は見せたくない。こんなんでも俺は、長男なんだから。きっと、肩は震えてるだろうし、しゃくりあげるのも抑えきれてないだろう。だけど、この優しい弟はきっと見逃してくれる。見ないフリをしてくれる。
カラ松は俺の弟だけど、俺と二人で長男でもあった。だから、だから……。
「……なあ、おそ松。おそ松と俺が『お兄ちゃん』で、十四松とトド松が『弟』で、チョロ松と一松は『真ん中』だったけど。でもな、チョロ松も『お兄ちゃん』なんだ。下3人の中では一松が『お兄ちゃん』で、下2人なら十四松も『お兄ちゃん』だ。確かに六つ子の長男はお前しか居ない。でも、六つ子の中に『お兄ちゃん』って呼ばれる存在はおそ松以外に4人も居るんだ。一人で抱え込まないでくれ。俺たちは、6人で1つだろう?」
俺に視線を向ける事もなく、ただまっすぐ遠い空を見ながら静かに告げられる言葉。
ああ、でも。
でも俺は、それでも、やっぱり。
「だから、俺の事も頼ってくれ。一緒にマミーに怒られてきたじゃないか」
ああ、そうだな。そうだった。いつもいつも、俺と一緒に「お兄ちゃんでしょ」って怒られてきたのは、次男のお前だった。
「……それでも、俺はお前の唯一の兄ちゃんだよ。お前も、俺にとって、大事な可愛い弟なんだ」
「そうだな。おそ松は俺の唯一の兄さんだ。クズでパチンカスで精神年齢小学生で」
………あ、ちょっと腹立った。このタイミングでそれ言っちゃう?それ言っちゃうんだ?カラ松、てめえ、それ言っちゃうんだ?
思わず眉間にしわが寄って肩がピクリと動いたのを、たぶん横に座ってるコイツは気づいてる。だから、一回言葉を止めたんだろう。ちょっとだけ伺うような視線を感じるけど、顔を上げることはしない。だって、見せれる顔じゃねーし、むかついたし。
「あー、コホン。えっとだな、それでも、おそ松が俺の兄さんでよかったって思ってる。尊敬してるし信頼もしてる。クズでもパチンカスでも、だけどそれ以上に俺たちを大事に思ってくれてるって、俺は知ってる。最高の長男だって、俺は知ってる俺たちは、知ってる」
まだ言うか、そう思った。それなのに、続いた言葉は俺の予想外で。想像もしてない言葉で。俺はいつも「長男だし」とか言ってるけど、それでも心の奥ではいつも思ってたんだ。俺が長男でいいのか?って。こんな俺が長男でいいのかって。でもコイツは、カラ松は、今、そのままの俺を長男だと言ってくれた。
さっきとは違った意味で息がうまく出来ない。
胸の奥がいっぱいで、目の奥が熱くて。どうしたらいいのか、わからない。
「だからな、お前が…おそ松が笑ってくれないと、俺たちも笑えないんだ。俺たちにとって、おそ松は軸だ。いつも俺たちを引っ張って、見守ってくれた長男が笑ってくれなかったら、俺たちは不安になる。なあ、だから、だから……俺たちにも、俺にも頼ってくれ」
やばい、さっき以上にやばい。何だこれ、何だこれ!!
目の奥が熱い。叫びたい、泣きたい。俺は長男で、長男だから、弟たちに頼るとか人前で泣くとか駄目だって、ずっと思ってきたのに。カラ松の言葉が俺の足場を崩していく。
ダメだって。ダメなんだって!!だって俺は……!!
ぎゅっと、自分を守るように膝を抱える腕に力を込めて感情を抑えようとしたのに。そっと頭にぬくもりを感じた。カラ松の、手だ。俺が弟たちの頭を撫でるのとはまた違った、優しくポンポンとリズムを付ける撫で方。
声を出したら泣きそうで、しばらくの間、ただ静かに、その手の温もりだけが俺の心に優しく響いていた。
やっと頭とか気持ちが落ち着いてきて、膝を抱えていた手でカラ松の手を押しのけると、聞こえてきたのは小さな苦笑。
この野郎、笑ってんじゃねーよ。
「少し落ち着いたか?」
「うっせーよ、空っぽカラ松」
「で、俺の、俺たちの気持ちは判ってくれたか?」
問われた言葉に少し考えてみると、わかったようなわからないような、微妙なラインな事に気づく。
色々思ってることを語ってはくれたけど、逆に語ってくれたのが多すぎて家を出た理由がぼんやりとしかしていない。
膝から顔を上げることはしないで少し腫れてるかもしれない目を向けたら、いつもの馬鹿面がこっちを見てた。あ、やっぱりコイツカラ松だわ。なんかさっきまではスパダリみたいな事言ってたけど、やっぱりいつものカラ松だわ。お兄ちゃん、ちょっと安心した。
「あのさ」
「ん?なんだ、おそ松」
「家出た理由を、もうちょい短くわかりやすい日本語で言ってくんね?」
「え」
ぽかんとした表情で一言だけ発するのは、どう見ても弄られやすい次男でしかなくて。さらに気持ちが落ち着いてくるのを実感する。ああ、俺お前のそういうとこ好きよ。馬鹿な子ほど可愛いって真実だよな、俺の弟のこういうところ、やっぱり可愛い。
「だーかーら、長すぎてちょっと答えがあいまいなんだって」
「そ、そうか」
「しょぼんとすんな。子供かよ」
「同い年だろ?」
「六つ子だしな。じゃなくて」
「あー、えっとだな、うーん……上手く言えなかったらすまない」
「お前が口下手なのは知ってるから大丈夫」
俺の言葉に肩を落としたカラ松は、少し深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。目を閉じて、思い返すように。
「口下手って言わないでくれ。俺たちは、俺たちが居なくなったらおそ松が長男じゃなくてもっと自由になれると思ったんだ。おそ松にばかり『長男』という枷をかけてしまったが、俺たちが自立したらその枷を取り除けるんじゃないかと。だけど、俺たちが居なくなった後、おそ松はギャンブルに出掛けるのもなくなった上に、表情も乏しくなったとマミーから後で聞いた。それでわかったんだ。俺たちは間違ったんだと。俺たちがおそ松を大事に思うように、おそ松にとっても俺たちは大事だったんじゃないかって」
いつもはきりっと上がってる眉を下げて、俺に視線を移してきたカラ松は、少し泣きそうな表情を浮かべてから静かに頭を下げてきた。
「すまない、おそ松。お前に寂しい思いをさせるつもりはなかったんだ。長男という言葉が、お前の負担になってるって勝手に思い込んだ俺たちが、お前に自由になってほしくて家を出たんだ。本当にすまなかった」
そう言って、頭を上げずにじっとしているカラ松が、弟がやっぱり俺は大切で。こいつらが色々考えてくれたのはわかったけど、それでもやっぱり俺はお兄ちゃんで、こいつは弟で。
「馬鹿だなあ、カラ松……」
泣きそうになりながら呟いた俺が下げられたままの頭を抱きしめたら、小さく「すまない、おそ松兄さん」って俺の服を掴んで肩を震わせる馬鹿な弟に引きずられるように、言葉に詰まった。
大の男が、しかも同じ顔の2人が、片方の頭を抱きしめて泣いてるなんて傍から見たら滑稽だろうけど、そんな事、どうでもよかった。ただ、気が済むまで泣きたかった。
しばらくして落ち着いた俺たちの目の前には、夕日で真っ赤に染まった公園。二人して目を赤くして、視線を交わして仕方ねーなって肩を竦め合って。
「あーもう、お前ら変な事考えるなよな」
「そうは言うが、俺たちだって一生懸命考えたんだぞ?」
「もういいよー、俺はお兄ちゃんがいいの!」
「おそ松……だが、俺も兄貴だ」
「それでも、お前も俺の大事な弟なんだって。いい加減納得しろよ」
「だけど」
「いいんだよ。お前が俺の重荷を半分背負おうとしてくれてんのはわかったし有り難いけど、お前も俺の可愛い弟なんだって。だから、な?」
それ以上は必要ない。俺と一緒に『お兄ちゃん』をやってきたコイツになら、伝わる。
俺は甘えるのも好きだけど、甘やかすのも好きなんだよ。
言葉にせずにニッと笑って見せれば、納得したのかへにゃりと笑うコイツはやっぱり俺の弟だ。うん、可愛い。
俺の弟はやっぱり全員可愛い!
そんな満足感で頭をグリグリ撫でてやれば、嬉しそうにさらに表情を緩めるカラ松。
とりあえず満足いくまで撫でまくってから立ち上がって振り返ると、同じように立ち上がったカラ松がサングラスを取り出していた。速攻でチョップをかましておく。
「いだっ!!ちょ、何するんだ兄貴」
「何でこの時間にサングラスなんだよ。ここまで来ていきなり恰好つけんじゃねーよ」
「うう、だって」
「だってもへちまもねーの!ほら、帰るぞ」
「あ、待ってくれおそ松兄さん!」
本当こいつ、俺の呼び方コロコロ変わるよな。格好つけて兄貴呼びしてるのも可愛いとは思うけど、普通に兄さん呼びしてくれてる方が素のカラ松で可愛いと、お兄ちゃんは思うんだけどねえ。
なんて考えてたら、ふらふらさせてた手を取られた。えっと思いながら視線を向けたら、へにゃりとした笑顔のカラ松。うん、馬鹿面。
「聞いたぞ兄さん。弟たち全員と手を繋いだんだろう?だったら俺ともつないでくれ!」
…………こいつは馬鹿なの?え、子供?幼児?え?何?何でそんな目キラキラさせていきなりそんな事言ってんの?え?さっきまでの空気どこ行ったよ?
これっぽっちも手を振り払われるなんて考えてない表情で、ニコニコしながら繋いだ手をぎゅっと握りしめて来る次男は、どう見ても子供だ。え、同い年だよな?お前俺と同い年だよな?あれ?俺の記憶違い?いやいや、そんなはずないって。六つ子だって。同い年だって。
くっそ、こいつもかよ!!!
俺の弟たち、可愛すぎだろ、ばーかばーか!!
やっぱりお前も『お兄ちゃん』じゃなくて俺の可愛い弟だよ、ばーか!
あーもう、俺の弟たちマジで可愛すぎ!!
なあ、カラ松。色々心配かけてたの、気づかなくてごめんな?何だかんだで次男としていい『お兄ちゃん』であろうと頑張ってるのは知ってたけど、まさかそこまで俺の事も考えてくれてたなんて思いもしなかったんだ。きっと、次男だからあいつらの分も伝えようと必死だったんだろ?ありがとうな。お前の言葉、すっげえ嬉しかった。なあ、今度は普通に遊びに行こうぜ?釣りしてパチンコ行って、馬鹿みたいに笑いあってさ。誰よりも優しくて、誰よりも一生懸命で、誰よりもお兄ちゃんをがんばろうとしてる、ちょっとイタくて優しい俺の弟。
大切な、俺と同じお兄ちゃんで、俺のすぐ下の、大好きな弟。
end