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Natural

とても大切な…いつもの日常
何気ない会話も
何気ないやり取りも
貴方とならば、最高の宝物
 
多くは望まないから…
年に一度の特別な日
貴方と過ごす…権利が欲しい――

 
 
 
 
 
 
「おっチビ~♪」
「ぐえっ…!」
 いつも通りといえばいつも通りの、菊丸の突撃。
 ギュムっと抱きしめられて、越前はいつも通り、蛙の潰れたような声を出した。
「……菊丸先輩…重いっス」
 それでも慣れているのか、結構アッサリとした声で菊丸に退くように促す越前。
 ココで大人しく引き下がるのがいつものパターンだった。
 が。
「い・や・だ・よ~ん♪」
 悪戯っぽく返された言葉に、越前が慌てて振り返ると、悪戯っぽく目を輝かした菊丸の瞳。
「……菊丸先輩?」
 きょとんとしたように問いかける越前に、菊丸はニッコリ笑ってから手を離した。
「今から帰るんでしょ? 俺と一緒に帰らない?」
 菊丸の言葉に、越前は小さく息を飲む。
 今日は越前の誕生日。
 だけど、この人は、ソレを知っているのだろうか…。
 それとも、クリスマスイヴだから…?
 それとも…いつもの気まぐれなのだろうか…。
「おチビ? 今日、用事ある?」
 いつまでも返事のない越前の様子に、菊丸は顔を覗き込んできた。
「いえ、だいじょぶっス。奢ってくれるんスよね?」
 いつも通り、にやりと不敵に笑いかけると、菊丸は苦笑で了解をしてくれる。
 コレもいつものパターン。
「何が食べたいの?」
 いつもの答えに満足したのか、越前はしばし思案顔になった。
「…ケーキ食べたい」
 思わずポツリと零れた本音。
 慌てて訂正しようとするが、先に菊丸が反応を返していた。
「いいよん。せっかくのクリスマスだしね♪」
 アッサリと返された言葉に、越前は一瞬口をつぐむ。
 そんな事をおくびにも出さず、いつも通りの飄々とした表情で口を開いた。
「そっスよ? クリスマスなんだから、いつもよりもたくさん奢ってもらわなきゃね」
 にやりと笑って返した言葉に、菊丸はただ、笑うだけだった。
 
 
 
「お待たせしましたぁ♪」
 明るく告げられた言葉にそちらを見やれば、クリスマスイヴにバイトなんてしてるくせに、なにやら嬉しそうな笑顔満開のウェイトレス。
 トレイの上には、これでもかと言う位に積み上げられた、ケーキの山。
「あれ? これ、頼んでないと思うけど?」
 次々と置かれていくケーキを見ていた越前が、きょとんとした顔でウェイトレスを見やるとニッコリと微笑まれた。
「サービスで~す♪」
「…だってさ。いーんじゃない?」
 嬉しそうに告げられた言葉と、一瞬驚いた顔をしながらも苦笑と共に告げられた言葉。
「……どうも」
「いっいえ! ごゆっくり♪」
 一瞬考え込んでから、ウェイトレスの方を見て頭を下げると、なぜか赤くなって奥へと引っ込んで行った。
「さ、おチビ? 食べよ」
 楽しそうに笑ってくる菊丸に、小さく頷きながら越前はケーキに手を伸ばした。
 
 
 
「ども、ご馳走様っス」
「どういたしまして♪」
 店を出て、二人で歩きながら告げた言葉に、菊丸はいつもの笑顔を見せた。
 その笑顔が…なんだか癪に障って……。
「せっかくのクリスマスに…後輩に奢ってるなんて、みっともないっスよ?」
 思わず出た皮肉。
 慌てて口を手で押さえて菊丸を見やると、小さく切なげな笑みを零され越前の足が止まってしまった。
 それでも菊丸は足を止める事無く、越前との距離をとっていく。
 表情が見えない程度に離れてから菊丸は足を止め、越前を振り返った。
「おチビ!」
 よく通る、少し高めの声が聖なる夜に響き渡る。
 どんな表情をしているのだろう…。
 
 
 近づけばすぐに解決する疑問。
 それでも、なぜか近づけなくて――――。
「……なんスか?」
 出た言葉はとても小さくて…菊丸の元へは届いていないだろう…。
「誕生日、おっめでと~!!!!」
 その言葉に、越前の頭の中は真っ白になって…。
「…あ……」
「じゃあ、おチビ! また明日ね!!」
 何かを発する前に…菊丸は背を翻す。
「…せ…先輩!」
 菊丸が帰る前に…と思わず出た言葉。
 何を言おうとか考えて呼び止めたわけじゃない…。
 ただ、もう少し一緒にいたかっただけ…。
「なぁに?」
 振り返った菊丸の表情は見えないけど…。
「あ……えと………もう少し…散歩しません?」
 苦し紛れの言葉。ホントに言いたい事は…こんなことじゃないハズなのに… うまく言葉に出来なくて…出たのは引き止めるだけの気の利いてない言葉。
「……………」
 表情が見えなくて…菊丸が黙ってしまったことで、意味もない不安に駆られてしまう。
 いつもの自分なら…こんなコトで『怖い』などと感じなかっただろう。だけど、いつも明るい菊丸の表情が見えないコトが、越前の不安を煽っていく。越前は知らず、顔を下げていた。
「……いいよ?」
 微かに聞こえてきた菊丸の声に、反射的に顔を上げると、目に映ったのは笑顔を浮かべて近寄ってくる菊丸の姿。
「んじゃ、どこ行こっか?」
 目の前で足を止め、覗き込んでくる菊丸の言葉に、越前は視線を彷徨わせる。そんな越前の目に飛び込んできたのは、人気のない公園で…。
 無言で公園を見つめる越前の視線に気がつき、小さく笑みを零す菊丸。
「公園に行こっか?」
 その言葉に、越前は小さく頷いた。
 
 
 
「やっぱ、誰もいないね」
 辺りを見渡して、楽しげに言ってきた菊丸を無言で見つめ、越前は先ほどの菊丸の言葉を思い出していた。
「おチビ?」
 黙りこんでしまった越前を、不思議そうに菊丸は覗き込む。
「えっ?」
 ボーっと考え込んでしまっていた越前が、慌てて顔を上げると心配そうな菊丸の表情。
「だいじょぶ? やっぱ帰ろっか?」
 困ったように問いかけてくる菊丸に、越前は首を振り、俯いて小さく口を開いた。
「…なんで…」
「ん?」
 きょとんとしたように首を傾げる菊丸に、越前は呟くように問いかける。
「なんで…今日が俺の誕生日だって…?」
 越前の言葉に、菊丸は天を仰ぎ見た。越前といえば、俯いたままで…。
「……おチビには…ワケが必要…?」
 質問に質問で返されて、越前は戸惑ったように顔を上げた。そんな越前の目に飛び込んできたのは、いつもと違う、真剣な表情の菊丸。  思わず息を飲み込んだ越前に、菊丸は再度問いかける。
「ワケ…必要…?」
「………聞きたい…っス…」
 搾り出すように返ってきた答えに、菊丸は小さく深呼吸をした。
 
「…好きだから」
 
「………っ!」
 深く息を吸って紡がれた言葉に…越前は息を飲む。
「おチビのコトが好きだから、誕生日とか知りたくて…乾に頼み込んで教えてもらった。おチビのコトが好きだから、誕生日に一緒にいたかった…祝いたかった」
 目を見開いたまま固まっている越前に苦笑を漏らし、越前の頭を撫でようと手を伸ばす。だけど、躊躇したようにその手を握り締め、両手をポケットに突っ込むと、菊丸は越前に寂しげに笑いかけた。
「ごめん…男同士だから…言う気…ないはずだったんだけど…今の、忘れて?」
 告げられた言葉に、越前は我に返ったように首を横に何度も振った。
「…おチビ…?」
「あの…ホントっスか…?」
 問いかけてきた越前の表情に、今度は菊丸が息を飲む番だった。いつもの生意気な表情なんかじゃなくて…縋り付く様な不安そうな表情。
「ホントに…俺の事…?」
 再度問いかけてくる切なげな瞳に、菊丸ははっきりと頷いた。
「好きだよ…誰よりも…俺は、越前リョーマが好きだ」
 瞳を見つめて、キッパリと言ってくる菊丸に、越前は知らず抱きついていた。
「お…おチビ!?」
 しっかりと抱きとめながら、驚いた声を上げる菊丸の腕の中で、越前は小さく肩を震わせていて――――。
「おチ…ビ……?」
 抱きとめたものの、手のやり場に困っていた菊丸だったが、意を決したのかそっと片手をリョーマの肩に、もう片方の手で越前の頭を撫でてみる。その感触に…だろうか。
 小さく肩を震わせていた越前は、しっかりと菊丸の服を握り締めてくる。
「………です」
 聞き取れないほどの、小さな声。その声は、微かに涙に濡れていて…。
「…おチビ…? えと…ごめん、もっかい言って?」
 菊丸の促す言葉に、越前は小さく首を振るだけ。困り果てた菊丸は、小さくため息をはくと、越前の頭を優しく撫でる。
 どれだけの時がすぎたのだろう…小さく肩を震わせていた越前だったが、ふと…菊丸の腕の中から逃れようと腕を突っ張った。
「…おチビ?」
 ワケはわからないものの、越前の意思を尊重しようと腕を離すとパッと離れ、俯きながら回れ右をしてしまう。
「………おチビ…ごめんね?」
 菊丸の…様々な思いを込めた謝罪に、越前は小さく何度も首を横に振る。
「…えと…おチビ…?」
 困ったように呼びかけてくる菊丸に、越前は俯き背を向けたまま、深呼吸を繰り返す。何度か繰り返した後、越前はゆっくりと菊丸を振り返った。
 菊丸を見据えるのは、真剣な瞳。
「さっきの言葉…信じてもいいんスか…?」
「いいよ? 俺はおチビが好きだよ」
 迷う事無く即答してくる菊丸に、越前はゆっくりと息を吸い込んだ。
「………と…ずっと好きでした」
 しっかりと目を見据えて言われた言葉。それは…菊丸にとって夢にまで見た光景で…。
「…………へ?」
 てっきり振られるとばっかり思っていた菊丸にとっては、越前の言葉が信じられなくて、ついつい間の抜けた声を出してしまった。
「おチビっ! ホントに? 後で『ウソっス』なんて言わないよね!?」
 思わず詰め寄り肩を掴んで来た菊丸に、越前はイヤそうな顔を一つ。
 そのままため息なんてつかれてしまって――――。
「……ウソっス」
 半眼で呟かれたセリフに、菊丸は越前の肩を掴んだまま思いっきり固まってしまった。いや…無意識に肩を掴む手に力がこもっていく。
「…痛っ」
「…えっ…あ、ごめん!」
 眉を寄せて零れた声に、慌てて掴んでいた手を離した後、菊丸は顔を背けて俯いてしまう。
「……………………」
「……菊丸先輩?」
 俯いた菊丸を覗き込んだ越前は、表情を見た途端、自分の言動を後悔した。
 歯を噛み締めて、心の痛さを堪えようとする…そんな菊丸の表情…。
 それは…先ほどの言葉が紛れもない、真実であり、真剣であることを示していた。それを自分は…一瞬でも疑って…。
「あ…あの……」
「ゴメンっ! 俺がいきなりあんな事言ったから、怒ったんでしょ? ホント…ゴメンね…」
 謝らねばと口を開きかけた越前を遮ったのは、寂しげに微笑しながら紡がれた言葉。無理して笑っているのは明白で…。自分は…この人に、こんな表情をさせたかったワケじゃない…!
「好きです! 俺は、貴方の事が好きです!」
「…おチ…ビ…?」
 傷ついた瞳のまま見つめられて、越前は一気にまくし立てていく。
「さっきは…俺の言葉、信じてもらえてないって悔しかった。それと同時に…からかわれたって思った…。だから…あんな風に言ったけど…ずっと好きだった… 菊丸先輩が好きでした…」
 重い時が流れる…。
 一度、あんな風に誤魔化したからだろうか…菊丸からの反応が返ってこない事に、越前は深い後悔の念を覚えた。
 誤魔化した…いや、違う。今なら、自分ではっきりとわかっていた。あの時はとっさに出た言葉。だけど本当は…ただの負けず嫌いが生み出した、自分が傷つかないための…強がりであり、負け惜しみ。ただの…防衛本能…。
「ごめんなさい、本当に…貴方の事がずっと好きだったんです」
 もう…届かないかもしれない…それでも、越前は言葉を綴る。たった…一つの真実のために…。
「何があっても、貴方の事が好きです。例え…例え貴方に嫌われてしまっても…俺は、貴方だけを見つめます」
 自分の眼をしっかり見据えて、はっきりと言ってくるのは…紛れもなく、自分が好きになった、意志の強さが瞳に宿る小柄な少年。
 自分の口元が、いつの間にか柔らかい笑みを象っている事など気づくはずもなく… 身体が動いた。
 言葉を必死で紡いでいた越前がその変化に気づいたその直後には、しっかりと抱きしめられていて――。
「菊…」
「…ホント?」
 越前の声を遮って、紡がれたいつもよりもちょっと掠れた声。
「もう…『ウソっス』は…ヤダかんね…?」
 抱きしめる腕は…いつもよりもちょっと力強くて…ちょっと震えてて…。
 いつもと違う…そんなちょっとした仕草が嬉しかった…。
「言わないっス…絶対に…」
 越前のその言葉に安心したのか、抱きしめる腕を緩めて間近で越前の顔を覗き込むと、いつもとはどこか違う…愛しむような笑みで口を開く。
「おチビ…改めて、メリークリスマス。そして…誕生日…おめでとう」
「どもっス。先輩も…メリークリスマス」
 
 
 
 
 
 
いつもと同じ日
いつもとどこかが違う特別な日
その境目を作るのは
たった一人
特別な貴方だけ
 
貴方が傍にいてくれる
傍にいる権利をくれる
その事が
何よりのプレゼント
 
ずっと一緒にいよう
いつも通りの
いつもと違う特別な日
ずっと貴方が好きだから――
 
Merry Christmas
and
Happy Birthday Ryoma Echizen
 
 
 
 
 
 
END

 
 
初書き 2003/04/17
加筆修正 〇