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Act 12(完結)
屍累々と男たちが床に沈む中。
もう大丈夫だというのにも関わらず、その場を支配するのは何処か張り詰めた空気。
ようやく状況が落ち着くと同時に越前から1mほどのところまで近づいた菊丸は、ただ無言で越前の前に立っていた。
先ほど、何処かから発掘してきた応急セットらしきモノで手当てしたばかりの首もとの包帯に目をやりながら、表情を消している菊丸。
その様子を面白そうに見つめる不二とは対照的に、何の気なしにただ見つめるピアスとバンダナ。
それら全てに対して、先に居心地の悪さを感じたのは越前の方だった。
「……えっと、すんませんっした」
「…………」
さすがに自分にも非があるのを自覚しているせいか、バツが悪そうにどこか上目遣いで謝罪の言葉を口にする越前に対しても、菊丸はなんら反応を見せる気配はない。
二の句が告げずに言葉に詰まる越前。
そのまま時間だけが過ぎていく中、埒が明かないと判断したのだろう。
面白そうに傍観していた不二が、ようやく口を開いた。
「ねぇ、越前。やられたのは首と顔だけ?」
「え…? そうっス」
「……ウソつけ。お前が黙って連れ去られるタマかよ」
反射的に頷いた越前に返ってきたのは、今まで口をつぐんでいた菊丸の声。
実際、首と顔だけではない。腹も殴られたし、捕まった時には頭も殴られている。
気絶させられない限り、越前は抵抗しただろうから、菊丸の言葉は正論なのだ。
そのまま真っ直ぐ見つめてくる瞳は、どこか怒っているようにも心配しているようにも見えてしまって。
いつもなら簡単に逸らせてしまうはずの瞳が…外せない。
なぜだろう。
その真っ直ぐな瞳を見ていたら、負けず嫌いが故の虚勢を張る事すら意味がなく感じてしまうのは。
夜の菊丸のはずなのに、冷たい瞳じゃなくて。
昼の菊丸が持っている、明るい瞳でもなくて。
どこか透明な瞳。
その瞳を見ているうちに、なぜか理解してしまった。
『英二は英二だよ。どの英二も、間違いなく英二自身だ』
『俺のコレは、どっちも俺自身だ』
理屈なんかじゃない。
多分これは…心で感じる事なんだ。
普段の明るくて無邪気な瞳も。
試合中の真剣な瞳も。
夜に見せる冷たい瞳も。
ケンカ中の射抜くような瞳も。
今の透明な瞳も。
そして。
多分、まだ見た事のない瞳も。
全部ひっくるめて、嘘偽りのない菊丸英二自身なのだ。
やっとはっきりそう思えた瞬間、越前はゆっくりと目を閉じて詰めていた息を吐き出した。
僅かにあがる口端を自覚しながら。
そのまま開いた瞳に宿るのは、越前本来の持つ勝気な光。
「そうっスね。そー言えば頭と腹も殴られたんだっけ。ムカつくからそこの二人、もっかいボールぶつけといていいっスか?」
「…………」
一瞬、越前以外の4人の頭が真っ白になる。
しれっと越前が告げたその言葉に、真っ先に我を取り戻して反応を返したのは不二周助だった。
越前の視線を追い、殴った相手がドレッドとワンレンだろうと見当をつけると、指を1本立てた状態でいつもの笑みを浮かべて口を開く。
「当てる場所を間違えちゃダメだよ? 警察沙汰になっても困るしね」
「……不二、煽るなよ」
思わず越前から視線を外した菊丸の言葉に、クスクスと笑みをこぼした不二は越前へと肩をすくめて見せた。
「と、いう事らしいから仕返しはおあずけ」
「……ちぇ」
ちなみに。
不二の性格と越前の性格に、バンダナとピアスは呆気に取られていたりする。
一見穏やかそうな不二と、身長のわりに好戦的な越前を見れば、仕方ないのかもしれない。
越前と不二のやり取りを見ていた菊丸が俯き加減で大きく息を吐き出したと同時に、その場の空気がどこか柔らかくなった。
おそらく、菊丸の張り詰めた感情が反映されていたのだろう。
そのまま越前へと歩み寄る菊丸の姿に、不二の笑みが深くなる。
それと同時に、越前が菊丸へと再び視線を向けた。
「……」
越前が何かを言おうと口を開いた瞬間。
何も言えずに越前は、ただ瞬きを繰り返す事しか出来なかった。
暖かい体温。
身動き出来ない身体。
顔に当たるのは服の感触。
頭の中はただ真っ白で。
「……心配、させんなよ」
僅かに擦れた声が頭の上から降ってくるのと同時に。
やっと菊丸に正面から、抱きすくめられているのだと自覚した。
「…すいません」
自然と出た言葉。
越前の言葉と同時に、抱きすくめる菊丸の腕の力が強くなったのを感じながら。
何かが心にストンと落ちたような感覚に、越前は自然と目を閉じる。
どこか感じる心地良さに時間を忘れそうになった頃。
「英二。越前。そろそろ移動するよ?」
穏やかな口調のはずなのに何故か有無を言わせない雰囲気の不二の言葉に、越前はハッとしたように目を開いた。
そのまま菊丸から離れようとすると、僅かに溜め息を付く声が聞こえてからやっと解放される。
少しシワがいった服を今更ながら整えてから、ふと越前は疑問を思い出した。
「ねぇ…なんで不二先輩までココにいるんスか?」
そう。
不二がココにいる理由が、越前には全く思い浮かばない。
いや、それ以前に。
彼らはどうやってこの場所を知ったのだろうか?
そんな疑問まで頭に浮かんで来る。
それに無言で肩をすくめた菊丸の姿と、クスッと楽しげに微笑を深める不二の姿に、甦ったのは菊丸の言葉。
『ンなの俺が知るかよ。コイツに聞けば?』
確かにそう言ったのだ。
不二を顎で示して。
思わず不二を凝視した越前は、恐る恐るといった様子で口を開く。
「あの…もしかして、不二先輩が何かしたんスか?」
「そうだよ。お前の行方不明の連絡も、不二から来たんだからな」
横から告げられた不機嫌そうな菊丸の言葉に、何故不二がと言う感情が顔にありありと出てしまうのは、仕方のない事だ。
菊丸の不二を見る視線に、菊丸自身も理由を知らないのだろうと検討をつける。
僅かに表情を引きつらせる越前を面白そうに眺めていた不二が、小さく笑いをこぼしてからやっと口を開いたのはそれから数分後。
「越前のお母さんから桃に『まだ帰ってないけど知りませんか』って連絡があったみたいでね。ほら、越前。よく桃に送り迎えしてもらってるでしょう?」
「……はぁ」
「で、桃から僕の携帯に連絡があったんだよ。英二関係だろうなとは思ったみたいだけど、夜の英二に連絡するのは怖かったらしくてね」
「……桃城のヤロウ…」
「それから英二に連絡したら、相手には心当たりあるけど溜り場がわからないって言うからさ。ね?」
「あ? あぁ、確かに言ったな」
「だから相手の特徴を聞いた上で、僕独自のルートでここを調べだして英二に連絡してから僕も来たってわけ。わかった?」
「………はい」
さらりと説明された言葉。
その表情は言いようもないほどの微笑に満ちていて。
それが微妙に怖いと感じるのは何故だろうか。
(ってか、ツテって何だよ)
越前が表情を引きつらせてそう思いつつも突っ込めないのは仕方ない事であり、その選択の方がある意味正解なのだろう。
知らぬが仏という言葉そのものだ。
兎にも角にも。
越前の中で、この二人が親友であるが所以を改めて実感したのは、ここだけの話である。
伸びている男達を放置して先にその場を出る三人を見送る形で残ったのは、越前と菊丸の二人だけ。
全員でこの場を後にしようとした時、菊丸がその場に足を止めた。
「わりぃ、ちょっとコイツと二人にしてくれるか?」
越前を顎で示しながら告げられた言葉。
その瞬間、越前は「やべ…」と眉をこっそりしかめていたりする。
説教もどきでもされると思ったのだろう。
それでも菊丸の言葉に不二は面白そうに笑みを深めて、残りの二人は意味がわからないまでもあっさりと了承して外で待つ事にしたのだ。
出て行く三人の後姿を恨めしげに見ていた越前は、不意に頭の上に手を置かれた感触に菊丸を振り仰ぐ。
跳ねさせている髪の陰で見えないその表情は、一体どんな色を映し出しているのだろうか…。
「……話って何スか?」
「……」
応える様子も見せずに頭をポンポンと撫で続ける様子に首をかしげる越前。
「…ねぇ、菊丸センパ…」
「………巻き込んで、悪かったな」
痺れを切らした越前が口を開くのとほぼ同時に小さく告げられた言葉。
どこか辛そうなその声に。
越前は無意識に手を伸ばしていた。
髪をかきあげるようにしながら触れたのは、菊丸の頬。
やっと見えたその表情は、何故か傷ついた色を宿していて。
「謝んないでよ。俺にも責任あるんだし」
「……怒ってないのかよ? テニスに…影響出るかも知れねぇんだぞ?」
「出させないでしょ。菊丸先輩と不二先輩ならさ」
「…お前のテニスには、絶対迷惑かけさせねぇから」
「みんなで全国大会、行くんだよね?」
「…………俺は…」
「辞めるなんて許さないよ」
言いよどんだ瞬間、間髪入れずに告げられた言葉に菊丸は軽く目を見開く。
勝気な瞳で口端をあげるその姿に、菊丸は口元を緩めると同時にギュッと再び越前を抱きすくめた。
「え、ちょ…先輩?」
「やっぱお前、俺が気に入っただけの事はあるな」
「は…えぇ!?」
珍しく素っ頓狂な声を上げる越前をよそに、腕を回したまま間近で越前の顔を覗き込むと悪戯っぽい笑みを浮かべる菊丸。
そのまま浮かべたのは、試合の時に見せるような真剣な瞳。
「ってなワケで、マジでお前の事落としにかかるからヨロシクな」
「…ちょ、何言って…」
いきなりの急展開に頭が回っていない越前を放ったらかしに、菊丸はそのまま越前を解放すると腕を引いて部屋を出ようと扉へ向かう。
引っ張られるままについて行くものの、菊丸の言葉を理解しようと必死で寝不足の頭をフル回転させるが適うはずもなく。
扉をくぐった瞬間に目に飛び込んできたのは、昇りかける陽の明るさ。
反射的に目を細めた越前の耳に飛び込んできたのは、楽しげに笑みを含んだ不二の声だった。
「あぁ、話は終わったの?」
「一応な」
「そう、お疲れ様」
クスクスと笑いながら菊丸に話しかける不二の声を聞きながら、何とか陽の明るさに慣れ始めた頃。
ポンと背を叩かれて顔を上げると、菊丸と不二が笑いかけてきた。
「今日も朝練あるから、そろそろ帰らないとね」
「越前、遅刻すんなよ?」
「……ハイハイ、わかってるっスよ」
二人の言葉に肩をすくめて面倒くさそうに言葉を返す越前に、気分を害した様子も見せずに歩き出す不二と、越前が歩き出すのを待っているのかその場に佇む菊丸。
改めて辺りを見渡すと、手をヒラヒラと振りながら逆方向に歩き出しているバンダナとピアスの後姿が目に映った。
何となく。
名前も知らない二人に僅かに頭を一度下げてから歩き出そうとした越前だったが、不意にその足を止める事になる。
陽に照らされ始める風景がふと陰り。
顎に手を添えられて顔を上げさせられたと思ったその瞬間。
唇に落ちたその柔らかい感触に。
越前はバッと身を引くと同時に口元を押さえて菊丸を見上げた。
何かを言おうとするものの、それは言葉にならずただ口をパクパクとさせる事しか出来なくて。
ペロッと舌を出した菊丸が悪戯っぽく口端をあげるのが目に映った。
「ご馳走様。覚悟しとけよ? 越前リョーマ」
そのまま身を翻して先を行く不二の後を追うように歩き始める菊丸の背に向かって。
キスされた口元を押さえたまま。
「あ…アンタ、サイテー…!」
思わず出た言葉。
恐らく菊丸の耳に届いたのだろう。
肩を小さく震わせる姿を睨み付けながら。
それでも、イヤだとか悪い気はしなかった自分の感情に小さく苦笑をこぼし。
越前もそこから歩き始めるのだった。
裏切られたようで悔しかった
知らない瞳に
知らない雰囲気
それはただの別人のように思えて
別人だと思いたかった
いつからだろう…?
どちらの姿も気になりだしたのは
いつからだろう…?
もっと知りたいと思うようになったのは
もっと知らない姿も見たいから
もっと本当のアンタを見たいから
そっちこそ覚悟してよね
この気持ちの意味がわかるまで
もっともっと振り回すから
END