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小さなプレゼント

 ふわふわした意識の中、自分に呼び掛ける声が聞こえる。それと同時に緩く揺さぶられる振動。それはまどろみを感じる今、逆に眠りへの誘いを強くすだけで覚醒には至らない。
 呼び掛けるその声が、初めて出来た親友の声なら安堵感もあって尚更だ。
「…ド、テッドってば起きてよ」
「ん~…もうちょっと……」
 ごろん、と寝返りを打って吐息混じりに呟いた次の瞬間だった。

   ボスッ

 不意に胸の辺りにズシッと重みがのし掛かって来た。
 単純に、いつまでも起きる気配を見せないテッドに焦れたのだろう。
 それとも面白がっているのか甘えているのか?
 どちらにしろ、予想しなかった重みに「ぐえっ」と蛙の潰れたような声を上げるテッド。
 うっすらと片目を開けてみれば、ニコニコ顔で人間布団よろしくテッドに覆いかぶさっている親友の姿が目に入った。
「……何していらっしゃるの、イルさん?」
「え? 人間布団~」
「……もう一度聞くぞ。何してるんだよ……」
「だって、テッドってば起きてくれないんだもん」
 悪びれずに返ってきた答えに、何とも言えず脱力してしまう。それでも重いものは重いのだ。
 しっかりと乗られているとはいえ、関節を決められてるワケでもない。しかも相手は油断しまくり。昔の自分なら不意を突いて反撃に出ていただろう。
 それでも、選んだ行動はわざとらしいため息を一つ。
「退いてくれねぇと起きたくても起きれないってわかってるか?」
 呆れた風を装って半眼で告げた言葉に、イルは暫らく視線を彷徨わせて瞬きを繰り返す。
 重たくても痛くないように何とか身体の角度を変えて待つことしばし。
「………あ、そっか」
「あ、そっか。じゃねえーっ! 重いんだよ」
 ボケた反応に思わず叫んでしまうのは、人の性として仕方ないと思って欲しい。
 やろうと思えば、無理やり起き上がってしまうのは簡単なのだ。大人と子供ではなく、体格はそこまで大差ないのだから。
 それでもやらないのは、ひとえに相手がイルだから。
 ムダにケガをさせたくはない。甘やかしてると言われても、出来るコトなら悲しませたくないし、傷つけたくない。

 たった一人の、親友。
 300年もの長き間彷徨い続けてやっと見つけた、安らぎなのだ。
 その間に気を許した相手がいないワケではない。それでも、コイツだけなんだ・・・。
 ずっと傍にいたいと願ったのは――。

 だから、軽口の延長であーだこーだ言いながらも、こんなやり取りが楽しい。
 それをイルも感じ取っているのだろう。何だかんだ言い合いながら、イルも楽しそうだから。
「あはは、ごめんごめん」
「ったく…起こし方ってのがあるだろ?」
 やっと退いた重さに軽く身体をほぐしながら起き上がったテッドの言葉に、イルはきょとんと首を傾げて見せる。
 その姿は、見た目も仕草も可愛らしい。
 可愛らしいのだが…。ふと思ってしまう。

 これでいいのか、テオ様…?
 仮にもマクドール家の嫡男に対する形容が「可愛らしい」で。

「起こし方? えっと…棍で殴るとか?」
「……ちょっと待て」
 口元に手を当てながら至極マジメな口調で問いかけてくる辺り、紛れもない本気の言葉だろう。
 だって、目が冗談を言ってる雰囲気は全くない。
 さすがは百戦百勝将軍、帝国五将軍家の一人テオ・マクドールの嫡男と本気で感じてしまった。
 思わずがっくりと頭を落として手で押しとどめるテッドに、イルは心底不思議そうな表情で更に首を傾げる。
「だって、どうしてもクレオを起こさなくちゃいけない時は、そうしてるし」
(クレオさん…どれだけ寝起き悪いんだよ……)
 思わず心の中で呟いた言葉は、決して口には出せない。あまりの光景に、想像するだけで何だか泣きそうだ。
 それはともかく、と気を取り直して寝癖のついた髪をかきあげる。
「ま、それはいい。それよりイル」
「なに?」
「こんな朝早くからどうしたんだよ。今日は棍の訓練はナシか?」
 何気ない質問のつもりだった。
 いつもなら、この時間のイルは家庭教師か棍の師匠の下で訓練をしている。そして、この日は通常なら棍の師匠が来るはずなのだ。
 だから、告げられた言葉にテッドは耳を疑うしかなかった。
「うん、今日は休み。で、部屋にいたらグレミオに追い出されたんだよね」
「グレミオさんがお前を追い出すなんて珍しいな、何か悪戯でもしたのか?」
「違うよ。主役がいたらパーティーの準備の邪魔だって追い出されたの。テッドがいなかったら、そこまで悪戯しないよ」
 にやにやとからかい口調で問いかけたテッドだったが、返ってきた言葉に瞬きを繰り返す。
 自分がいなければ~のくだりも気になる。気になるが…。
 ………パーティーの主役?
 ストン、と表情が抜け落ちたテッドに気づかないまま話し続けるイルの言葉を、小さな声が遮った。
「…主役ってなんだよ?」
 僅かに声が引きつっているのを自覚する。恐らく、表情も僅かに強張っているんだろう。
 もしかして、自分は大事な何かを知らないままでいるんじゃないのか・・・?
 そんなテッドの様子に気づく気配もなく、イルはあっさりした口調で肩をすくめた。
「何って、僕の誕生日だよ。当日だからって、何も追い出さなくてもいいのにねー」
 はぁ、と息をつくイルはそのまま何やら言葉をつづけているが、頭の中が真っ白になったテッドの耳には入ってこなかった。

 イルの誕生日…?
 今日……?
 ……知らない。
 俺は………何も聞いてない。

 親友なんて言いながら、俺は何も………知らない。

「…ド、テッドってば!」
「……え、あ…何」
 イルに肩を大きく揺さぶられてハッとすれば、無意識に息を詰めていたコトに気がつく。
 手に食い込んだ爪の痛みが、きつく手を握り締めていたコトを知らせてくれる。
「もう、さっきから呼んでるのに」
「あ…わりぃ」
「……テッド? どうかした?」
「…んでもない……」
 さすがに引きつった表情のテッドに気づいたのだろう、心配げに覗き込んで来たイルから無意識に顔を逸らしてしまってから「しまった」と息を飲み込んだ。
 これでは露骨に避けてしまったのと、同じコトだ。
 ゆっくりと視線を向けると、明らかに傷ついた表情を浮かべたイルの姿。
 何と言っていいのかわからずにお互いの間を重い沈黙が流れる。
 その沈黙を破ったのは、イルの方だった。

「ご…めん、テッド。僕、何かしちゃった…?」
「…………いや」
 俯いて、かすれる声で告げられた言葉。そんな姿が見てられなくて、テッド自身もまた視線を逸らしてしまう。
 搾り出した否定の言葉は、それ以上続けられなくて……。
 それでも何かを言おうと顔を上げた、ちょうどその瞬間。
「ごめん…っ今日は帰る!」
「あ…おいっイル!」
 今にも泣き出しそうな表情に無理やり笑顔を作ってきびすを返すイルに、反射的に手を伸ばすが追いかけるコトも出来ずに力を失った手でクシャリ…と髪を押さえつけた。
 そのまま膝に顔をうずめて堪えきれない感情をやり過ごす。
「……なぁ…イル」
 すでに立ち去ってしまった親友に、今更届かないとわかっていても呼びかけずにはいられない。
「……何で、何で教えてくれなかったんだよ」
 小さな呟きは心に痛みだけを押し付けて、空気に紛れて溶け消えた。



 のろりと身体を動かす気になったのは、あれから小一時間ほど経ってから。
 教えてすらもらえなかった誕生日。
 それでも…。
 それでも、何かをしたかった。

 市を見てまわっても、ピンと来るモノがなかなか見つからない。
 それはそうだろう。彼は自分なんかと違って、モノに不自由しているわけじゃない。
 片やマクドール家のお坊ちゃん。
 片や表向きは戦災孤児のただの子供で、ホントは呪われた紋章の継承者。

 釣り合うはずなんかない。
 親友なんて、普通なら有り得ない。
 そんなコト、誰に言われなくても自分が一番わかってるんだ。

 それでも――。
 それでも、コイツに出逢うためにココまで生きて来たんだと信じたい。

「あれ……?」
 ふと眼に止まったのは、雑然と並べられた品物の中の一つ。
 小さな、手のひらに隠れてしまいそうな青い石。
 深みのあるその青い石は150年前を思い出させる海の青にも似ていて。それに引きづられるかのように過去の会話が甦る。

『テッド、これは守り石なんだよ』
『守り石?』
『実際には大した価値はないかもしれない。それでも、海の名を持つこの石は、紛れもなく海に生きる者にとって守り石なんだ。航海の、そして人生の、ね』
『……ふーん、こんな石が、ね』

 何気ない会話だった。
 でも、普段アイツが見せないような柔らかい表情で語っていたから、覚えている言葉。

  『守り石』

 これから、近衛隊になるイルにはいいかもしれない。
 この石がイルを危険から守ってくれたら。ずっとは一緒に居られない自分の代わりに……。

 そんなコトを考えていたら、知らずのうちに手が伸びていた。
 朱の似合う親友だけど、朱に少しの蒼は栄えるだろう。
「おばちゃん、これいくら?」
「そうだね、600ポッチだよ。少し高いけど、アンタ眼の付け所は悪くないね。これは南の方じゃ守り石とも言われてるからねぇ」
 人好きのする笑顔で勧めて来る売り手のおばさんの言葉に、思わず笑みが浮かぶ。
 が、言い値で買うのはお人好しの証拠だ。こういった市では値切り交渉も楽しみの一つなのだから。
「へぇ、悪くないな。でも少し懐が寂しいんだよな~。おばちゃん、もう一声何とかならない?」
 にっこりと負けず劣らずの人好きのする笑顔で小首をかしげて見せると、愛想の良いおばさんが豪快に笑って見せた。その笑顔に、こちらに対する嫌悪は見られない。
「アンタ、ちゃっかりしてるねぇ。懐が寂しいんなら、石は変わるけどこんなのもあるよ?」
 勧められたのは白い石のペンダント。モノとしてはコレも上等の部類に入るのだろう。
 だが、惹かれたのは先ほどのモノだ。
「う~ん、それも悪くないけど、こっちが気に入っちゃったんだよなー。ダメ?」
 目を見ておねだりするように両手を合わせながら小首をかしげて問い掛けるテッドに、おばさんは仕方ないというように柔らかな笑みを浮かべた。
「仕方ないねぇ、今回きりだよ? そんなに気に入ってもらったなら、石も喜ぶからね。500ポッチだ。これ以上は無理だよ」
「やりぃっ! おばちゃん話がわかる! それで買うよ。あ、包まなくていいから皮紐余って無い?」
 袋に入れようとしたおばさんを遮って言葉をかけると、一旦首をかしげてから心得た様に笑みを浮かべた。
 茶の長めの皮紐を取り出すと、一緒に小さな小箱とリボンを袋に入れる。
「おばちゃん、それ…」
 驚いたように瞬きながら呟くテッドに、おばさんはバチンッとウィンクを一つ。
「贈り物にペンダントにでもするんだろう? それならラッピングも必要じゃないか」
 気前の良い言葉と笑顔に、テッドも釣られて笑みを零す。些細なやり取りだ。それでも、そのちょっとした気配りが人柄を現している。
 この店で買ったこの石は、紛れも無く良いモノだろう。そう、素直に思えた。

 元来の器用さを持って、うまくペンダントにして小綺麗にラッピングもした。
 後は本人に渡すだけ。
 ……なのだが。
「どうすっかなー、これ」
 テッドは、手の中の小さな箱を持て余していた。
 それは仕方ないのかもしれない。先ほど、あんな形で別れたばかりなのだから。

 だけど…。

 今日を外したら意味がない。
 例え明日渡しても、イルは喜んではくれるだろう。
 それでも、今日でなければ…。
 今日でなければ、テッドにとっては後悔するのが目に見えている。
 だって、明日じゃない。
 今日がアイツの誕生日当日なんだから。
 当日じゃなきゃ意味がないんだ。

 そう、ちゃんとわかっているのに……。

 ちっぽけなプライドが邪魔をする。
 自分から謝るみたいで。

 どこか不安が募る。
 前もって教えて貰えなかったコトに。

 心に恐怖が生まれる。
 右手に宿る、呪われた死神の存在に。

 それでも、渡したい。
 次(来年)があるとは限らないのだ。
 まだココにいるかもしれない。
 ココから逃げるように旅立ってるかもしれない。
 どちらにしろ、この呪いをあの魔女に渡さないと決めたあの日から、定住は有り得ないのだから。
「……やっぱ、手渡ししたいよな」
 小箱に親友の笑顔を想い重ねると、知らず柔らかくなる目許と口許でポツリと呟く。
 高価なモノではない。
 おそらく、彼の家人たちからのプレゼントと比べたら見劣りするだろう。
 それなのに、何故か想像できるのだ。

 きっと、喜んでくれると――。

 迷いは振り切れてはいないけれど。
 一度眼を閉じて深く深呼吸したテッドは、小箱を持つ手に僅かに力を込めると同時に深く息を吐き出す。
 グレミオに頼む方法もある。だけれど、やはりちゃんと自らの手で渡したい。
 願いと想いを込めて――。
 その勢いで顔を上げて眼を開けて、そのまま立ち上がると家を後にするのだった。



「せっかくの誕生日、なのになぁ…」
 ぽつりと零れた言葉は空に溶け消えた。
 グレミオが「まだ早いですよ」と情けない声を上げていたが、返事をする気も起きずにそのまま自分の部屋へ入ると同時にベッドに突っ伏したイルは、ゴロンと寝転がったまま天井を見やる。
 だが、映っているのは部屋の天井ではなく、先ほどの何か言いたげだったテッドの表情。
 初めて出来た親友に、顔を逸らされるのが・・・あんな表情をされるのが、こんなに胸が痛いコトだなんて知らなかった。

 楽しみにしていたんだ。
 テッドと一緒に迎える初めての誕生日を。
 きっと、騒がしくなるけど今までで一番嬉しい一日になるって、信じて疑わなかった。
 あんな風に避けられるなんて、想像もしてなかった――。

「僕、何かしちゃったかな……」
 気が滅入るのを抑えきれず、口に出した言葉に更に胸の痛みが大きくなる。
 泣き出しそうな感情を抑えようと、枕に顔をボスンと埋めてみたものの、先ほどの光景が頭から余計と離れなくて……。
 ギュッと枕の裾をきつく握り締めた時、不意にドアの前に人の気配を感じた。それでも顔を上げる気にはなれず、遠慮がちなノックの音にも反応をするになれない。
 そのまま無視してしまおうと、そう思った瞬間だった。
「……いるんだろ、イル」
 テッドの声に、バッと身体ごと起き上がってドアを凝視してしまうイル。
 いつもの元気な声とは全く違う、どこか遠慮がちで少し緊張しているような声。だけど、先ほどまで考えていたテッドの声には違いない。
「そのままでいいからさ、聞いてくれよ」
 返事が返せないままでいたら、トン…とドアに重圧のかかる音と、静かなテッドの声。
 何を言っていいのかわからないまま、ただ呆然とドアを見つめるイルの耳にテッドの語りかける声が静かに響く。
「今日、誕生日だったんだな。俺知らなくてさ、いろいろ考えちまった」
 何…何を言ってるの……?
「お前が俺に教えてくれなかったのは、俺をダチだって思ってないからだったんじゃないか、とか・・・さ」
 テッドは僕の、たった一人の親友だよ…?
「それとも誕生日を教え忘れるくらい、どーでもいい存在だったのかな、とか…」
 そんなコトない。でなきゃ、あんなに胸が痛んだりしないよ…。
「でも、さ。それでも俺は…」
 初めて出来た親友なんだ、大事な…大事な親友なんだよ…?
 そこで言葉が止まってしまったテッドの言葉を待つなんて出来なかった。
 ただ、涙が溢れて…。
 今すぐ扉を開けたいのに、顔が見たいのに、名前が呼びたいのに…!
 振るえる肩を抑えるコトも出来ずに、シーツを握り締めて涙を堪えようと顔を俯かせる。
「……ック……ッド、テッド…」
 嗚咽と共に搾り出した声はとても小さくて。
 縋るように顔を上げて扉を見つめるが、立ち上がるコトすら出来ない。
 ただ、名を繰り返し呼ぶしか出来なくて…。
「………イル…?」
「……テッドぉ……!」
 中の様子が変だと気づいたのだろう、テッドの訝しげな声が耳に届いた瞬間。
 堪えきれない嗚咽と共に今までよりも僅かに大きな声で名を呼ぶのとほぼ同時に、扉が僅かに開かれた。
 恐る恐る開かれた扉は、中を確認した瞬間バンッと大きく開かれる。
「お、おいっイル! どうしたんだよ!?」
「テッド…テッドぉ……」
 慌てて駆け寄ってくる姿に安堵したのか、更に泣き出してしまったイルにどうしていいのかわからず、困った表情で頭を撫でるその温もりは確かにテッドのモノで…。
 その服の裾を握り締めるともう、涙を抑えるコトなんて出来なかった――。



 ひっくひっくとしゃくりあげる声もほぼ落ち着いたのは、およそ半刻後。
 イルの隣に腰を下ろして頭や背を撫でていたテッドも、漸く落ち着いてきた姿にホッとした表情を見せる。
 まだ俯いたままのイルの手は、テッドの服の裾を握り締めたままで。
「どーしたイル?」
 柔らかい声に、涙の後の残った顔をやっと上げる。
 目元は真っ赤に腫れあがって、眼の潤んだままのその姿はふとすると再び涙に溢れそうだ。
 それでも口をキュッと結んで泣くまいと堪える姿に、テッドは小さく苦笑を零す。
「俺が…泣かせたんだよな?」
 まだ声を出せないのか、テッドの言葉に僅かに眼を見開いてからギュッと閉じてブンブンと横に首を振るイル。
 そのあまりの勢いのよさに逆に慌てたテッドは、慌ててその顔に手を添えた。
 そうして初めて首を止め、視線をテッドへ向けると何か言いたげに口を僅かに動かす。
「…ん?」
「………ね、あのね…」
「うん…」
「…僕、テッドのコト親友だって……ック…思って……」
 話している間に再び盛り上がってきた涙を必死で拭う様子に、テッドは小さく笑みを零した。
 一生懸命に伝えようとしてくれる、その想いが何よりも伝わってきて嬉しかったから――。
「……のに…なのに僕、教え忘れ…てた…の?」
「……え?」
「誕生日……言ってなかった…?」
「………………」
「…から…テッド、あんな…表情した…の?」
「あんな…表情?」
「……らそう…辛そう…だった…」

 その一言に、テッドは表情をなくした。
 自覚はあった。だけど、バレないと思ってた。誤魔化しきれると思ってた。
 だけど――。
 この無邪気で聡い親友は、普段どこまでも自分の前では子供っぽいのに、ふとした時に全てを見透かす。
 事情は知らないはずなのに。
 辛さを。
 寂しさを。
 些細な心の機微さえも。
「…そーだな、寂しかった」
 苦笑と共に思わず告げた言葉は、紛れもない真実。
 その言葉に、今にも泣き出しそうになったイルの頭をポフッと撫でて、柔らかな笑みを浮かべる。
「でもな、それでもお前に伝えたかったんだ」
 あまりに優しく穏かな声と表情。
 それは、どこか永い時を見てきた者が見せるような奥深い瞳で。
 泣き出しそうだったはずが、きょとんと瞬きするイルに小さく笑って、テッドはポケットから小さな包みを取り出した。
「誕生日、おめでとうイル」
 小さく深呼吸してから、言葉と共にイルの頭をポコンと包みで叩いてから、にっこり笑ってソレを差し出す。
 恐る恐る包みに手を伸ばしたイルは、小さな箱を手に取るとテッドに縋るような眼を向ける。
 その視線に苦笑を零して頭をくしゃっと撫でながら、テッドは照れ臭そうに口を開いた。
「大したモンじゃないけどさ、お前にプレゼント」
「……あり…がと。ねぇ、開けてもいい?」
「どーぞ?」
 ゆっくりと包みを開けていくイルの姿から視線を外したテッドは、居心地悪そうに頬をかいていた。
 それでもチラリと横目で反応を見てしまうのは、仕方ないと思ってほしい。
 箱を開け切ったイルは、中から出てきたペンダントにゆっくりと表情を綻ばせる。
「これ……」
「…守り石。群島の方ではそう呼ばれてるんだよ」
「守り…石…?」
「そう。お前のこれからを、守ってくれるように願いを込めて…な」
 そこまで言って耐えられなくなったのか、カンペキにそっぽを向いてしまったテッドとペンダントを交互に見つめるイルだったが、感情が抑えられなくなったのか大きく息を吸い込むと同時に、ドンッと抱きついていた。
 思わぬ攻撃にバランスを崩しかけるテッドは、慌てて振り向く。
「なっ…」
「テッドテッド! ありがとう!! 僕ずーっと大事にするね!」
「……おう」
 あまりに嬉しそうな姿に、イルの頭をポンポンと撫でながら小さく笑うと、照れ隠しのように勢いよく立ち上がった。
「うわっ」
「あ、わりぃ」
「ううん、大丈夫」
 コロンと転がったイルに慌てて手を差し出したテッドと、その手に自らの手を重ねた二人の耳に、階下から声がかかる。
 それは、ある意味待ち望んでいた始まりの言葉。
「坊ちゃーん、テッドくーん、降りてきてくださーい」
 二人は顔を見合わせると同時に、弾けるように笑みを浮かべた。
 そのままイルを引っ張り立たせると、二人同時に口を開く。
「「はーい!」」
「行きますか」
「行こっか」
 部屋を出るところで不意に足を止めたイルを振り返ったテッドは、嬉しげな表情に首を傾げる。
「どうした?」
「ね、テッド。これつけて?」
 甘えるように差し出されたのは、さきほどのペンダント。
 期待するように笑みを浮かべる姿に負けたように肩をすくめると、テッドはペンダントを手に取る。
 そのままイルの首にかけた二人は、階段を我先にと競争するように駆け下り始めた。

 楽しいパーティーは、まだまだこれから。
 キミの生まれた素晴らしいこの日に、共にいられるコトに感謝を込めて。
 この先の未来が、キミにとって素晴らしいモノになりますように。
 ハッピーバースディ。






☆END☆


ってなワケで、イルことイラスティークの誕生日は8月21日、ハニーの日です



初書き2008/08/21